以前SNSで募集した、コロナの期間僕と一緒に勉強しませんか?(仮)企画ですが、2ヶ月の期間無事終了しました。

今回一緒に勉強したのは、京都芸大を今年の春卒業した亀岡くん。

今回の企画は誰を採用したか公開すると、本人が活発に活動するうえで足枷にならないか心配で個人名は公開してなかったのですが、結構いろんな人に誰と勉強したのか聞かれるのでレポート書かなきゃなと。

亀岡くんはとても優秀な若手で、2ヶ月間僕もたくさんの刺激を受けたし、自分が勉強してきたことは伝えましたが、本当に僕も一緒に勉強させてもらった感じです。

今回、この企画に関する僕に対する謝礼を金銭に限定しなかったのですが、最後に亀岡くんとオンライン飲みしていたときもその話になって、自分としては「ビール送ってくれればいいよ〜」という感じで、本当にそれでいいかなって気持ちになっていたのは不思議でした。

ただ、自分自身なんでこんな企画をわざわざやって、やったあとこんな気持ちになるのかよくわからないでいたのですが、ある本を読んで結果的に自分が何をしたくてこのクセのある企画を実行に移したのか腑に落ちた気がします。

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング)

この本を手にしたときは、よくある循環式社会というか、贈与によって人は成り立ってる系の本かと思ったんですが、内容が…本当に深かった。

今回は僕はスキルを与える立場で亀岡くんは受け取る立場。与える側と受け取る側。

だけど一見この一方的な贈与にみえるこの関係も、『受け取る人』がいて初めて贈るということができるわけです。

彼に贈ること自体で僕も受け取っているものがあるということ。子供は親から沢山のものを受け取っていますが、親も子からたくさんのものを受け取るように。

その彼からなにも受け取らなかったとしても僕が受け取ったものの中に、今回自分がやろうとしていたことの「意義」が存在していたことに気づかされました。

本の言葉を借りれば、『贈与の受取人は、その存在自体が贈与の差出人に生命力を与える』ということ。

コロナの期間という、動きたくてもう動くこともできず音楽家としてなにもできない状況の中で、それ自体がエネルギーとして自分が求めていたことだったんだろうなぁと。

今回やってみたことで、図らずとも自分を内省し、いろいろと得るものがありました。突拍子もない企画だったけど、終わってみれば心地よい爽快感が残っているのが不思議な感じです。自分にとってもいい時間だったんでしょうね。

2回目についてですが、今回受講した亀岡くんもこの企画は続いて欲しいと言ってくれてるし、自分の中でぼんやりと将来的にやってみたいと思っていたことの一端を担うアイディアなので、このままか何かしらのカタチで続けて行こうと思っています。

最後に、著者の近内さんのあとがきでこんなものがあります。

「自分はからっぽ」ということは、今自分が手にしているものは一つ残らず誰かから受け取ったものだ、ということです。他者からの贈与が、自分の中に蓄積されていったということです。

〜中略〜

ですから、僕はゼロからこの本を書いたわけではありません。僕が幸運にして受け取ることができたものを、メッセンジャーとしてあなたにつなぐために書き上げたテキスト。それが本書です。

『世界は贈与でできている』P 248

そう、最近よく思うのですが、結局自分の中にある知識という部分は自分が師匠、先生をはじめ、たくさんの周りの方から教えてもらったこと。

それが伝わるかどうかわからないけど、なにかすこしでも伝わるものがあれば、とりあえずやってよかったんだと思っています。

ということで長くなりましたが、第二回の募集も近々告知しますのでご興味ある方はご応募ください。

この企画にご興味を持っていただいたみなさま、ありがとうございました😊